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横浜地方裁判所 昭和51年(行ウ)13号 判決

川崎市川崎区小田五-二八-九

第三八木下荘

原告

平充

右訴訟代理人弁護士

篠原義仁

畑谷嘉宏

児嶋初子

杉井厳一

永尾廣久

根本孔衛

村野光夫

川崎市川崎区榎町三丁目一八番地

被告

川崎南税務署長

池田宗昭

右指定代理人

井上経敏

佐々木正男

五十嵐敬夫

水庫信雄

豊田治彦

國延哲夫

中川昌泰

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告が昭和四九年四月二二日付けでした原告の昭和四六年分及び同四七年分の所得税の各更正並びに過少申告加算税の各賦課決定を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

主文と同旨

第二原告の請求原因

一  原告は、成田鉄工株式会社(以下「成田鉄工」という。)の塩浜工場内において、製缶業を営むいわゆる白色申告者であるが、昭和四六年分及び同四七年分(以下、右の各年分を「係争年分」という。)の所得税について、原告のした確定申告、被告のした更正及び過少申告加算税賦課決定(以下、被告のしたこれらの処分を「本件各処分」という。)並びに不服審査の経緯は、別表一の(一)、(二)記載のとおりである。

二  しかしながら、本件各処分は、次のとおり、その手続に違法があり、かつ、所得を過大に認定した違法がある。

1  税務職員が、調査のため質問検査権を行使するに当たつては、調査の合理的理由の存在、被調査者に対する事前通知及び調査の合理的必要性の開示が求められるところ、本件各処分前の調査は右の要件をすべて欠いたものであつて、違法であり、したがつて、右違法な調査を前提とする本件各処分も違法といわなければならない。

2  原告の昭和四六、四七年分の各所得金額は、原告の申告額を超えるものではないところ、本件各処分は推計の必要性がないにもかかわらず推計課税の方法でなされ、しかも推計に合理性がないものであるから、本件各処分は被告の過大認定であつて、違法である。よつて、本件各処分の取消しを求める。

第三原告の請求原因に対する認否

請求原因一の事実は認めるが、同二は争う。

第四被告の主張

一  本件調査の理由及びその実施の経緯等について

1  本件においては、〈1〉原告の提出した係争年分の確定申告書には収入金額及び必要経費の記載がなく、収支明細書も添付されていなかつたので、所得金額の内容を確認することができなかつたこと、〈2〉原告に対しては、従前において調査を実施していなかつたこと、また、〈3〉原告の右年分の申告所得は、同業者に比較して低額であると認められたことから、被告においてその申告の真実性、正確性を調査するために必要があると判断して調査を実施したものであつて、調査の必要性が存したことは明らかである。

2  質問検査権を行使するに当たつて、調査の理由及び必要性を個別的、具体的に告知することは、法律上一律の要件とされているものではないから、調査の理由ないし必要性についての告知がなかつたからといつて、その質問検査権の行使が違法となるものではない。

まして、本件においては、被告の係官は、調査の際原告に対し、〈1〉原告の提出した確定申告書には収入金額及び必要経費の記載がないため、所得金額の算出根拠が不明であること、〈2〉原告の申告所得は同業者に比較して低額であると認められたことを告知しているのであるから、被告の調査には何ら違法な点は存しないというべきである。

3  以上のとおり、本件各処分前の調査は、原告の所得を正確に把握し、課税の公平を保つためにされた適法なものというべきである。

二  原告の事業所得金額について

原告の係争年分の各事業所得金額は、以下のとおり、いずれも本件各処分に係る所得金額を超えるから、本件各処分に違法はない。

1  推計の必要性

(一) 被告の係官が、係争年分の所得税調査のため、昭和四八年七月一七日以降一三回にわたり原告宅又は事業所を訪問し、前記一2のとおり調査の理由を告知して再三にわたつて原告に対して確定申告に係る所得金額の計算内容の説明を求め、またその計算内容を明らかにするための帳簿書類の呈示を求めたのであるが、原告は、「調査理由を具体的に開示しない限り調査に応じられない」と答えるのみで、所得金額の計算根拠を説明せず、かつ、同係官の要請に対して帳簿書類等を呈示する気配すらも全く示さなかつたものである。

そこで、被告は、これ以上原告宅に臨場して調査を行つても、原告の所得金額を実額によつて算出することはできないものと判断し、原告の取引先について反面調査を行い、その結果判明した原告の昭和四六年分及び同四七年分の売上金額を基礎として、原告の係争年分の所得金額を推計したものである。

(二) また、原告は、異議申立てに係る調査の段階においても、被告係官の調査に協力せず、右係官の調査に応じたのは、原告の自宅において出面帳、一部領収証及び月別収支明細の一覧表を一見し得る程度に提示したほか、基礎資料が不明で内容の検討ができない人件費の集計表を提出した程度である上、これらの帳簿等はいずれも昭和四七年分のもので同四六年分については何らの資料も提示されていないのである。

したがつて、被告としては推計課税によらざるを得なかつたのである。

2  昭和四六年分の事業所得金額の算出

(一) 事業所得金額 二三七万六三〇七円

原告の昭和四六年分事業所得金額は、別表二記載のとおり売上(収入)金額六六八万〇八五五円から一般経費一〇八万四三七六円及び外注費と人件費の合計額三二二万〇一七二円を控除した二三七万六三〇七円である。

(二) 各項目の算出根拠

(1) 売上(収入)金額 六六八万〇八五五円

成田鉄工株式会社からの収入金額である。

(2) 一般経費 一〇八万四三七六円

原告が、本件各処分に対する審査請求に当たつて、国税不服審判所長(以下「審査庁」という。)に対し提出した原告の「所得税申告決算書」に記載された一般経費の合計額であり、その内訳は別表三記載のとおりである。

(3) 外注費及び人件費の合計 三二二万〇一七二円

前記(1)の売上金額六六八万〇八五五円に、同業者の平均外注費・人件費率(外注費+雇人の給料・賃金+青色事業専従者給与の合計額が売上金額に対し占める割合。以下同じ)を適用して算出したものであり、その算式は、次のとおりである。

(売上金額) (平均外注費・人件費率)(外注費及び人件費の合計額)

六、六八〇、八五五円×四八・二〇%=三、二二〇、一七二円

右平均外注費・人件費率は、原告の所在地を管轄する川崎南税務署管内及び右税務署管内に隣接し、右管内におけるものと同種の製缶業者が存在すると認められる鶴見税務署管内において、別紙同業者抽出基準に該当する同業者(以下「本件同業者」という。)につき調査した結果得られた右同業者の外注費・人件費率の平均値であり、その算出根拠は別表四(一)記載のとおりである。

3  昭和四七年分の事業所得金額の算出

(一) 事業所得金額 二六三万七四五八円

原告の昭和四七年分事業所得金額は、別表五記載のとおり売上(収入)金額八四七万〇三六七円から一般経費一四八万九一三三円、外注費と人件費の合計額四二五万七二〇六円及び賃借料八万六五七〇円を控除した二六三万七四五八円である。

(二) 各項目の算出根拠

(1) 売上(収入)金額 八四七万〇三六七円

成田鉄工株式会社からの収入金額である。

(2) 一般経費 一四八万九一三三円

原告が、本件課税処分に対する審査請求に当たつて、審査庁に対し提出した原告の「所得税申告決算書」に記載された一般経費の合計額であり、その内訳は別表六記載のとおりである。

(3) 外注費及び人件費の合計 四二五万七二〇六円

前記(1)の売上金額八四七万〇三六七円に同業者の平均外注費・人件費率を適用して算出したものであり、その算式は次のとおりである。

(売上金額) (平均外注費・人件費率)(外注費及び人件費の合計額)

八、四七〇、三六七円×五〇・二六%=四、二五七、二〇六円

右平均外注費・人件費率は原告の所在地を管轄する川崎南税務署管内及び右税務署管内に隣接し、右管内におけるものと同種の製缶業者が存在すると認められる鶴見税務署管内において、本件同業者につき調査した結果得られた右同業者の外注費・人件費率の平均値であり、その算出根拠は別表四(二)記載のとおりである。

(4) 賃借料 八万六五七〇円

原告が、本件課税処分に対する審査請求に当たつて、審査庁に対し提出した原告の「所得税申告決算書」に記載された賃借料の額である。

第五被告の主張に対する原告の認否

一  被告の主張一について

1  1の事実は不知。

2  2は否認ないし争う。

3  3は争う。

二  被告の主張二について

1  冒頭の主張は争う。

2(一)  1(一)のうち、被告が原告の取引先について反面調査を行い、その結果判明した原告の昭和四六年分及び同四七年分の売上金額を基礎として、原告の係争年分の所得金額を推計したことは認めるが、その余は否認する。

(二)  1(二)は争う。

3(一)  2(一)は否認する。

(二)  2(二)のうち、(1)、(2)は認めるが、(3)は否認する。

4(一)  3(一)は否認する。

(二)  3(二)のうち、(1)、(2)、(4)は認めるが、(3)は否認する。

第六原告の反論

一  所得税法二三四条には、「所得税に関する調査について必要があるとき」と規定されており、質問検査権の行使には合理的な理由が必要であることは文理上も明らかである。

しかるに、被告の主張する調査の理由は、一般的、抽象的なものであつて合理的理由とはいえない。

また、憲法三一条の趣旨に照らして、被調査者に対する調査理由の開示が必要であるが、被告は調査理由を原告に告知していない。

二  被告の推計方法は、全く合理的でなく、恣意的である。

第一に、原告のように一つ一つ個性のあるものを注文主の注文に応じて作るという極めて個性的な業種の場合は、その業種の個性を十分考慮した推計方法が考えられるべきであり、また、原告のような下請業者の場合、第何次の下請であるかということは単価を決める上で決定的に重要であるにもかかわらず、被告は、これらを考慮することなく、同業者の平均値を出して推計したものであつて、合理的なものとはいえない。

第二に、被告が推計によつて算出した原告の所得は、更正時、異議決定時、審査裁判時とその都度変つており、被告の採用した推計方法が全く合理性のないものであることを明らかにしている。

第三に、被告が更正時において如何なる推計方法を用いたかは不明であるが、異議決定時から推計方法として同業者率が採用されているが、異議決定時五業者、審査裁決時三業者、裁判時八業者とその都度基礎とする同業者の数が変化しているだけでなく、審査裁決時において「事業規模等において請求人(原告)の実態に即さない」とされ除外された二業者を裁判時には再び復活させた。そして、右の事情をカムフラージュするため、裁判時においては、更に鶴見税務署管内の三業者を追加しているのである。

第四に、被告主張の別表四(一)、(二)を一目してわかることは、人件費(人件費+外注費)の売上(収入)に占める割合が別表四(一)では最低三五・〇六パーセントから最高六三・〇八パーセントまで、別表四(二)では最低三六・四八パーセントから最高六八・五〇パーセントまで約二倍の開きがあり、各業者とも大変なばらつきがあるのであるから、これらの単純平均を出したところで合理性がないことは明らかである。それだけでなく、別表四(一)、(二)における業者Eは、数字で見るかぎり収入金額、人件費率ともに原告に酷似しているのであるから、同業者の平均値よりもEとの比較の方がはるかに合理的な推計だと思われるのである。

第七原告の反論に対する被告の再反論

一  所得税法二三四条は、税務署等の当該職員に対し、所得税に関する調査について必要があるときには所定の質問検査権を行使し得る旨規定しているが、これは、国家財政の基本となる徴税権の適正な運用を確保し、所得税の公平確実な賦課徴収を図るという公益上の目的を実現するための制度、手続として認められたものである。そして、右質問検査権の行使の要件である「調査について必要があるとき」とは、調査権限を有する税務職員において、当該調査の目的、調査すべき事項、申請、申告の体裁内容、帳簿等の記入保存状況、相手方の事業の形態等諸般の具体的事情にかんがみ、客観的な必要性があると判断される場合をいうのであるから、確定申告後に行われる所得税に関する調査(いわゆる事後調査)については、前記の適正公平な課税目的の実現という質問検査制度の目的からみて、確定申告に係る課税標準又は税額等が過少である等の疑いが認められる場合に限られず、広く右申告の適否、すなわち申告の真実性、正確性を調査するために必要がある場合も質問検査権を行使することができるのは明らかである。

二1  比準同業者につきその抽出基準として業種の同一性、営業規模の類似性が存し、その他右同業者の抽出に恣意が介在しない等の推計の基礎的条件に欠けるところがない以上、推計の対象となる納税者の個別的条件は、その平均比率を用いることを不合理ならしめるほど顕著なものでない限り右平均比率のうちに捨象される性質のものであるから、右納税者によつて比準同業者の平均比率によることを得ない特殊事情の存することが立証されない限りは、右個別的条件は平均比率による推計を妨げるものとはいえず、これを顧慮する必要はないのである。

被告は、青色申告者として被告又は鶴見税務署長に対し、所得税法所定の確定申告書及び青色申告決算書等を作成して提出している同業者について、右決算書等の記載事項に依拠して原告との業種の同一性及び営業規模の類似性を求めたのである。

そして、本件同業者を抽出するに当たつて設定された被告の同業者抽出基準は、原告と本件同業者との業種の同一性、営業規模の類似性を担保するに十分なものというべきである。

また、本件同業者の抽出は適正に行われており、右抽出に当たつて恣意が介在したものとは認められない。更に、原告の個別的条件が右平均外注費・人件費率を用いることを不合理ならしめるほど顕著なものであるとか、原告に右の推計方法によることを得ない特殊事情が存するとかの事情は存しない。

2  一般に課税処分取消訴訟における審判の対象は、当該処分の違法性一般であるが、課税処分において認定された課税標準の多寡についての違法性の有無は、右処分において認定された課税標準が右処分時における客観的な課税標準を超えているか否かによつてのみ決せられると解すべきである。したがつて、被告が訴訟上で主張する推計方法が、原処分で採用した推計方法と異なつたとしてもこれが許されると解するのが相当であり、右推計方法が異なるから合理性がないという原告の主張は明らかに失当である。

3  被告が、本訴において原告の同業者を原告の事業所の所在する川崎南税務署管内のみでなく鶴見税務署管内にまで範囲を拡大して求めたのは推計の合理性をより高めるためである。

すなわち、川崎南税務署と鶴見税務署は隣接する地域をそれぞれ管轄しており、右両地域はいずれも京浜臨海工業地帯の中心地として立地条件、産業構造等を同じく同一の経済圏であるということができるのであり、このことは両地域が産業道路、京浜第一国道などの主要幹線道路及び国鉄鶴見線、同南武線並びに東京湾に臨む京浜運河等により接続され、同時に発展してきたという歴史的経済的沿革からみても明らかである。

そのため原告に類似する同業者も、右両税務署管内に分布することが認められるのであり、それらのことから、被告は、原告の同業者を川崎南税務署管内及び隣接する鶴見税務署管内に求めたものである。

4  被告は、別紙同業者抽出基準のすべてを満たす同業者を合理的に抽出した上、各年分とも右同業者の外注費・人件費率の平均値を算出し、これを実額によつて把握した原告の各年分の売上(収入)金額に乗じて原告の各年分の外注費・人件費の額を算出したものである。

被告は、右各要件のすべてを満たしたものを同業者として選定したものであり、したがつて選定された同業者は右の要件の範囲内において業態、地域とも原告と類似性を有するものである。そして類似性ある右同業者間の外注費・人件費率における本件程度の差異は、推計を不合理ならしめるほどの差異というべきではなく、合理性がないという原告の主張は失当である。

原告は、被告の推計が許されるなら、本件同業者のうち原告とその業態の酷似しているEの比率を適用して推計すべきである旨主張するが、これは、Eの外注費・人件費率が昭和四六年分六三・〇八パーセント、昭和四七年分六八・五〇パーセントと本件同業者八名中最高の比率であつて、これを適用すると原告の外注費及び人件費の額が最も多く算出され、ひいては係争年分の所得金額が最も少なく算出される結果となるからであつて、それ以外に原告がかような推計方法を主張する合理的根拠は全くないものというべきである。第八証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

一  原告の請求原因一の事実は、当事者間に争いがない。

二  本件税務調査の違法性について

1  所得税の賦課徴収のための認定判断に必要な範囲内で職権による調査が行われることは法の当然に許容するところと解すべきところ、所得税法二三四条一項の規定は、国税庁、国税局又は税務署の調査権限を有する職員において、当該調査の目的、調査すべき事項、申請、申告の体裁内容、帳簿等の記入保存状況、相手方の事業の形態等諸般の具体的事情にかんがみて、客観的な必要性があると判断される場合には、職権調査の方法として、同条一項各号規定の者に対し質問し、又は当該調査事項に関連性を有する物件の検査を行う権限を認めた趣旨である(最高裁昭和四八年七月一〇日第三小法廷決定・刑集二七巻七号一二〇五頁参照)。

しかして、いずれも成立に争いのない乙第一、第二号証及び証人前田正義の証言によると、原告の昭和四六、四七年分の所得税の各確定申告書には、同人が職業として製缶業を営む者であることを記載しながら、所得金額の記載があるのみで製缶業についての収入金額及び必要経費の記載がなく、したがつて、確定申告書自体からは、申告の根拠を知り得ないのみならず、申告が適正な収支実額の計算に基づいてされたか否かも判明しなかつたこと及び右申告所得金額が原告と同程度の同業者のそれに比して低額であつたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。してみると、被告の原告に対する質問検査権の行使には合理的必要性があつたというべきであり、この点に関する原告の主張は理由がない。

2  前記所得税法二三四条一項の趣旨に照らせば、質問検査の範囲、程度、時期、場所等実定法上特段の定めのない実施の細目については、質問検査の必要があり、かつ、これと相手方の私的利益との衡量において社会通念上相当な限度に止まる限り、権限ある税務職員の合理的な選択に委ねられているものと解すべきであり、実施の日時場所の事前通知・調査の理由及び必要性の個別的、具体的な告知のごときも、質問検査を行ううえの法律上一律の要件とされているものではない(前掲最高裁昭和四八年七月一〇日決定参照)。

したがつて、調査の事前通知及び調査理由の開示を欠いたからといつて、調査が直ちに違法となるものではない。

そして、証人前田正義の証言によると、被告所部の前田正義係官(以下「前田係官」という。)は本件各処分前に原告宅において原告に対し調査を四回実施したが、右四回の調査はいずれも原告がその日時をあらかじめ指定したものであること、右調査の際、前田係官は原告に対し、前記1認定判示の調査理由を告知したことが認められ、右認定に反する原告本人の供述は信用することができず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

よつて、調査の事前通知及び調査理由の開示に関する原告の主張も採用することができない。

三  推計の必要性

証人前田正義及び同岡田勝の各証言並びに原告本人尋問の結果(ただし、後記措信しない部分を除く。)によれば、次の事実が認められる。

1  前田係官は、原告の係争年分の所得税の調査のため、昭和四八年七月から同四九年二月まで、約一〇回以上原告宅又は原告の工場へ臨場して調査を実施した。そのうち、原告宅で原告と面接して調査を実施したのは、昭和四八年八月一〇日、同年九月一八日、同年一〇月二三日及び同四九年二月八日の四回である。

2  昭和四八年八月一〇日、同年九月一八日、同年一〇月二三日の調査においては、いずれも民商会員と思われる者が八名程度同席し、前田係官が原告に対し前記二1認定判示の調査理由を告知して調査に協力するように求めたのに対し、同席の右会員らは、こもごも調査の趣旨を同係官に尋ねたり、調査理由を更に具体的に説明するように求めた。原告も右会員らに同調し、同係官が右会員らを退席させるように求めたのに対してこれを拒否し、申告の根拠となる帳簿書類等を提示することもなかつた。前田係官は原告に対し繰り返し調査に協力するように説得したが、原告はこれに応じることなく、結局、同係官は何ら調査の実をあげることができないまま、原告に対する調査を打ち切らざるを得なかつた。

3  そこで、前田係官は、原告の係争年分の所得に関する反面調査を実施し、成田鉄工からの収入金額は把握し得たものの、一般経費、人件費等の必要経費の実額を把握することができなかつたので、昭和四九年二月八日に再度原告宅を訪問して、原告に対し帳簿書類等を提示するように求めたが、原告はこれを拒否した。

4  以上の次第で、被告は、原告に対する実額に基づく所得の算定を止むを得ず断念し、推計により本件各処分をした。

5  本件各処分につき原告から異議申立てがあり、右異議の審理を担当した被告所部の岡田勝係官(以下「岡田係官」という。)は、原告に面接して調査を実施したところ、昭和四九年九月三日の調査においては、原告のほか民商会員と思われる者が六名程同席し、岡田係官と原告及び右会員らとの間で、右会員らを同席させるか否かで押し問答となり、結局、調査をそれ以上進めることはできなかつた。次いで、九月六日に原告方を訪問して調査した際、原告から岡田係官に対し、昭和四七年分の収支明細を記載した書面と出面帳が提示され、同係官は内容を検討するため右の資料の貸与方を要請したが、原告はこれを拒絶し、結局同係官はその場で右の資料を一べつしたに止まつた。その際、原告は翌日人件費に関する明細を整理した書面を提出すると申し出ていたところ、提出された書面は、昭和四七年分の従業員の出面に関するものであつたが、原始記録から数字を集計したものであつて、従業員の住所の記載がなく、その内容の真否を確認し得ないものであつた。そして、昭和四九年九月一七日に、再度、原告から被告に従業員一〇名の氏名及び住所を記載したメモが提出されたが、住所の記載があるのは、うち四名についてのみであり、他の六名の住所は明らかにされず、また、岡田係官が右四名についてその所在を確認したところ、確認し得たのは一名のみで、他の三名は該当者不明であつた。そこで、被告は、これ以上原告に面接しても、原告の所得金額を実額で計算することはできないものと判断し、異議申立てを棄却した。

以上のとおり認められ、右認定に反する原告本人の供述は措信することができず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

右事実によれば、原告は、その営業について収支を明らかにする帳簿等の原始記録を提出しないのであるから、原告について、その所得金額を実額で算定することは不可能であるというほかはなく、したがつて、原告の係争年分の所得金額を推計により算定して課税することは当然であつて、何ら違法のそしりを受けるものではない。

四  原告の係争年分の事業所得金額

1  売上(収入)金額

昭和四六年分 六六八万〇八五五円

同 四七年分 八四七万〇三六七円

右各金額については、当事者間に争いがない。

2  一般経費

昭和四六年分 一〇八万四三七六円

同 四七年分 一四八万九一三三円

右各金額については、当事者間に争いがない。

3  外注費及び人件費の合計

昭和四六年分 三二二万〇一七二円

同 四七年分 四二五万七二〇六円

右各金額について以下検討する。

(一)  係争年分の売上(収入)金額は前記1のとおりであり、前掲乙第一、第二号証、いずれも成立に争いのない同第九ないし第一四号証、証人前田正義の証言及び原告本人尋問の結果(ただし、後記措信しない部分を除く。)によると、原告は、昭和四五年一〇月から成田鉄工の下請として個人で製缶業を営んでいたこと、下請の形態は社内外注という形で成田鉄工の工場内で作業場を指定され、原材料の支給を受けて、注文を受けた機械部品等を製造していたこと、当初原告は、成田鉄工の小田工場内で作業していたが、昭和四六年八月に塩浜工場が新設されたことに伴い、同工場へ移転したこと、原告は平組という通称で従業員を使つて作業していたところ、係争年分においては延べ九名程度の従業員が原告の下で稼働したが、もとよりこれら従業員が係争年分の全期間にわたつて稼働したものではなく、勤務した時期、期間も区々であり、中には一日のみ勤務して給料ももらわずに、その後二度と姿を現わさなかつた者もおり、したがつて、係争年分においてはその期間を通じて平均して四名程度の従業員が平組として稼働していたことが認められ、右認定に反する甲第三、第四号証、乙第八号証、証人佐藤功二及び原告本人の各供述は前掲証拠に照らして信用することができず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

(二)  証人桜井典男の証言により真正に成立したものと認められる乙第四号証、第五号証の一、二、証人高階峯緒の証言により真正に成立したものと認められる同第六号証、第七号証の一、二及び右各証言によると、東京国税局長は、原告の住所地を管轄する川崎南税務署職員及び同税務署に隣接する鶴見税務署職員に命じて、右各税務署備付けの「業種分類表」又は「業種別名簿」及び青色申告決算書により、別紙同業者抽出基準所定の要件に該当する各管内の個人事業者に限り、その者の「売上(収入)金額」、「外注費」、「人件費」、「外注費と人件費の合計」、「外注費・人件費率」を調査報告させたところ、それぞれ別表四(一)、(二)記載のとおりであつたことが認められる。

(三)  別表四(一)、(二)記載の同業者の外注費・人件費率の平均値が、昭和四六年分四八・二〇パーセント、同四七年分五〇・二六パーセントとなることは計算上明らかである。

しかして、右認定のとおり、右同業者の外注費・人件費率の平均値は、川崎南税務署及び鶴見税務署管内の原告の同業者であつて別紙同業者抽出基準の要件に該当する者の売上(収入)金額、外注費、人件費に基づいて算出されているのであるから、原告と右同業者との業種の同一性が明らかであり、かつ、その抽出について恣意の介在する余地がなく、また、その売上金額等は被告ら保管の青色申告決算書に基づいているのであるから、右同業者の実在性、資料の正確性が担保されているということができる。また、同業者として川崎南税務署管内の五業者のみならず、隣接の鶴見税務署管内の三業者をも抽出して前記平均値算出の資料としたことは、右平均値の客観性を高めるものとして首肯されるところである。また、個人事業者の収入に対応する必要経費の内訳において、外注費と人件費は相関関係にあり、一方が増えれば他方は減ずるものと解されるので、前記同業者の外注費と人件費とを合計して必要経費のうちから一般経費を除いた経費の割合を算出することも合理性があるということができる。

したがつて、前記平均値を用いて原告の係争年分の外注費・人件費の合計を推計することは十分に合理性があるということができる。

このように同業者の平均値による推計の場合には、同業者間に通常在する程度の営業内容の差異は無視して差し支えないものと解され、平均値算出過程に恣意が介在することなく、客観的合理性が担保されている以上、納税者の個別的営業内容の如何は、それが平均値による推計自体を全く不合理とする程度の顕著なものでない限り、これを斟酌することを要しないものと解すべきである。

原告は、右の平均値による推計は、原告の営業の個性を考慮していない不合理なものであると主張し、営業の個性として注文に応じて一つ一つ個性のあるものを作ること、下請の段階、経験年数等をあげるが、右のような要素が原告のような営業においてその収入及び経費の額の増減に如何なる影響を及ぼすかについては何ら立証がなく、したがつて、前記推計を不合理ならしめる程の事情とは認めえないから、原告の右主張は理由がない。

また、原告は、被告の推計方法が本件各処分時、異議決定時、審査裁決時及び本訴の各時点において異なつているので合理性がないとも主張するが、課税処分取消訴訟の訴訟物は、課税処分の違法性一般であるから、被告課税庁は取消しの対象とされた処分を維持するために、更正時等において考慮されなかつた事実を新たに主張することも許されると解すべきであり、したがつて、被告が、本訴において訴訟の前の段階とは異なる同業者の同業者による推計方法を主張するのは何ら差し支えがなく、また、被告が本訴で主張する推計方法が合理性を有するものであることは前記判示のとおりであるから、原告の右主張は採用するに由ないものといわなければならない。

更に、原告は、別表四(一)、(二)記載の同業者の外注費・人件費率はバラツキがあつて合理性がなく、右の同業者の中ではEが原告に類似しているのでEと原告とを比較すべきであると主張するが、前記認定判示したように、別表四(一)、(二)記載の同業者は別紙同業者抽出基準所定の要件に該当する原告と類似性を有する同業者であり、しかも、右同業者の外注費・人件費率は、昭和四六年分についていえば、最低が三五・〇六パーセント、最高が六三・〇八パーセントであり、同四七年分についていえば、最低が三六・四八パーセント、最高が六八・五〇パーセントであつて、この程度の数値の較差では、未だ右数値を基礎とする推計を不合理とする程の差異とは解されない。また、別表四(一)、(二)記載の同業者のうちEが特に原告と類似性が高いとする根拠も認めることができない。したがつて、原告の右主張も採用するに由ないものである。

(四)  そこで、前記1の原告の係争年分の各売上(収入)金額に、右(三)の同業者の係争年分の外注費・人件費率の各平均値を適用して原告の昭和四六年分、同四七年分の外注費及び人件費の合計を算出すると、頭書金額のとおりとなる。

4  賃借料

昭和四七年分 八万六五七〇円

右金額については、当事者間に争いがない。

5  事業所得金額

以上のとおりであるから、右1から2ないし4を差引計算すると、原告の事業所得金額は、

昭和四六年分 二三七万六三〇七円

同 四七年分 二六三万七四五八円

となる。

したがつて、右金額の範囲内でされた本件各処分に所得の過大認定の違法はないことが明らかである。

五  結論

よつて、本件各処分に原告主張のような違法がないことが明らかであり、原告の本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民訴法八九条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 吉戒修一 裁判官 須田啓之 裁判長裁判官小川正澄は、転補につき署名捺印することができない。裁判官 吉戒修一)

別表一

(一) 昭和四六年分所得税

〈省略〉

(二) 昭和四七年分所得税

〈省略〉

別表二

〈省略〉

別表三

〈省略〉

(別紙)

同業者抽出基準

1 「製缶業」を営む個人事業者であること。

2 川崎南税務署及び鶴見税務署管内において事業を営むものであること。

3 青色申告者であること。

4 売上(収入)金額が昭和四六年分三三〇万円以上一四〇〇万円以下、昭和四七年分四〇〇万円以上一七〇〇万円以下の範囲内にあるもの。

5 取引先から原材料の全部を支給されているもの(いわゆる製造原価のないもの)。

6 外注費又は雇人費(青色事業専従者を含む。)のあるもの。

7 年間を継続して事業を行つているもの。

8 災害等により経営状態が異常でないもの。

9 他の事業を兼業していないもの。

10 不服申立てないし訴訟係属中でないもの。

別表四(一) 昭和四六年分

〈省略〉

(二) 昭和四七年分

〈省略〉

別表五

〈省略〉

別表六

〈省略〉

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